COLUMN

「おいしい」と「あんしん」のその先に「地球の未来」を考える──。そう語るのは、土壌の土着微生物の活性を通じて地球本来の循環サイクルを実現する「八百結びプロジェクト」を推進する壌結(つちむすび)合同会社代表社員、金瀬伸吾氏です。壌結が企画開発・推進する「八百結び農法」は、従来の農業の常識を覆し、食の安全と地球環境改善という壮大なビジョンを描いています。本記事では、金瀬氏のこれまでの道のりと、八百結びプロジェクトに込めた思いをじっくりとひも解きます。

大学時代に磨いた「常識を疑う目」

──これまでの生い立ちや学生時代の思い出を教えてください。

学生時代は、中学から大学までソフトテニスに打ち込んでいました。大学では総合政策学部に入り、社会のさまざまな分野を学びました。

研究会で取り組んだのが、メディアや企業のイメージ分析です。メディアの影響力の大きさとともに、その裏側にある課題に興味を持ちました。

世の中で言われていることが必ずしも正しいとは限らない、と考えるようになったのは、この頃の経験が原点になっています。どうすれば物事を本質的に捉え、正しく伝えられるか。それが、私の中に芽生えた大きなテーマでした。

異文化体験から旅行業界へ、そしてブランドマーケティングの魅力

──大学卒業後のお仕事について教えてください。

大学卒業後、私は旅行会社のJTBに就職しました。法人の専門支店で、自分で作成したプランを法人のお客様にご提案する営業職になりました。大学での研究とは業種としては関係のない分野でしたが、本質を伝える、ということは活かせる仕事です。

旅行会社を選んだのは、大学時代に初めて海外を訪れた時の刺激が忘れられなかったということも大きいです。アメリカ、アジア、ヨーロッパと様々な国を旅する中で、「異文化に触れる素晴らしさを多くの人に伝えたい」という思いが強くなり、旅行業を選びました。

海外渡航先での1コマ

しかし、入社前後からSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行や9.11のテロがあり、旅行業界は壊滅的な打撃を受けました。会社は「交流文化産業への転換」を掲げ、旅行以外の事業も模索する中で、私はセールスプロモーションの分野を開拓していきました。そして、自動車ディーラーやファーストフードなど、様々な企業のプロモーションやイベントを手がけました。

転機となったのは、国際クレジットカードブランドのプロモーションを受注したことです。全く知らなかった金融業界の巨大なマーケットに触れ、企業や商材の価値をどう伝えるかというブランドマーケティングの世界に引き込まれました。大学時代に経験した企業イメージ研究の視点とつながるものでもありました。業務を続けるうちに、組織の外からのご提案ではなく、内部に入って、より理解して事業を推進したいという思いを強くしました。

そこで、クレジットカードの国際ブランドの会社に転職し、約10年間ブランドマーケティングに携わりました。日本だけでなく、海外の代理店との連携も経験しました。

──ビジネスの世界で順調に活躍されていたにもかかわらず、農業分野へ転身したきっかけは何だったのでしょうか。

国際ブランドでのマーケティングの仕事をしていた時代、食品会社を中心的な顧客に持つマーケティング会社の代表との出会いが転機になりました。彼から聞いた日本の食の現状に関する問題点は、それまで「日本の食品は安全だ」と信じていた私の認識を覆すものでした。ちょうど子供が生まれたタイミングでもあり、「この子にどんなものを食べさせるか」という視点から、改めて日本の食品管理や検疫の実情を調べ始めると、確かに危機的な状況だという思いが強まりました。

クレジットカードが生活の便利さや豊かさを提供するものであるのに対し、食は人が生きる上での根幹です。社会は今の「食」を変革しなければならない、という思いが募っていき、その道に入る決断をしました。生活の便利さ、豊かさを届けるクレジットカードや旅行で私はマーケティングをしてきましたが、その対象を「土」に変えたのです。

微生物の力を「見える化」した農業革命のスタート

──壌結を創業された際、具体的にどのようなことから始められたのですか?

創業前に数年間かけて、いくつかの農地と作物で実証実験を行いました。全ての核となるのは、微生物の力です。本来、地球の循環モデルでは、無数の土壌微生物が有機物を分解し、作物に栄養を供給します。しかし、日本では戦後約80年の間に化学肥料や農薬の大量使用によって、微生物の生活環境が破壊され、土壌は脆弱になってしまいました。

そこで私たちが着目したのは、微生物の活動を「見える化」することでした。大学とのパートナーシップを通じて、土壌にどれだけの微生物が存在し、活動しているかを測定する特許技術を導入しました。この技術によって、微生物が増え、土壌に定着していく様子を数値で確認できるようになりました。

こうした測定技術を活用して実証を重ねた結果、見た目も味も格段に良い作物ができました。この手法こそが、健康な土壌を作り、高品質な作物を育むための鍵であると確信し、202210月に壌結(つちむすび)合同会社を設立しました。

微生物の活性を高め誕生した肥沃な土

着々と成果を上げる独自農法「八百結び農法」

──壌結が手掛けている「八百結び農法」とは何なのか、教えてください。

「八百結び農法」は、微生物の力で土壌環境を回復させ、植物の成長における本来の循環境を整えることによって、安全でおいしい作物を育む農法です。ただ、事業の本質は、環境事業と健康事業であり、農業はそのためのプロセスという位置付けです。

まず、農業としての側面です。八百結び農法で育った野菜は、安全性の高いものとなります。収穫後に残留農薬検査を徹底し、検査項目全てで未検出を確認しています。日本マタニティフード協会からも評価され、「妊活中・妊娠中・授乳期の母体に配慮した食材」としてマタニティフード認定を取得しています。

次に、食・健康事業としての側面です。そもそも本来の土壌にはミネラル分があり、正常な循環が行われていれば、微生物の働きによってそのミネラル分が作物に供給されます。八百結び農法は、この本来の土壌内循環を取り戻すことで、強く、栄養価が高い作物を育てることができます。

最後に、環境事業としての側面です。土壌を回復させることで、地球温暖化対策の切り札となる「炭素貯留」が可能になります。

土は本来、大気中の二酸化炭素の2倍以上もの炭素を抱きかかえる能力を持っていました。植物は二酸化炭素を吸収して栄養素を作り出しますが、欧米を中心とした研究によると、植物が光合成によって吸収した二酸化炭素から生み出された栄養素のうち約40%が根を経由して土壌に戻り、微生物に供給されることが確認されています。そして、数多の微生物たちの働きによって炭素が土中に固定されることが明らかになってきています。つまり、農作物の栽培自体が大気中の二酸化炭素を土に引き戻す仕組みを備えているのです。

壌結が監修する土壌。これが植物の生態系を整える基礎となる
自然な循環境を取り戻す八百結び農法

しかし、今はそのバランスが崩れています。農薬・化学肥料による土壌の酸化が進み、今では二酸化炭素を放出する側に回ってしまっています。こういった現状に対して、健全な農法によって土壌環境を本来のバランスに戻すことで、農業が地球環境改善の切り札になるのです。

──これまで、どんな作物で成果が出ているのでしょうか。

最初にご紹介したいのは、壌結創業前から八百結び農法に取り組んでいただいている愛知県の武ちゃん農場さまです。人参では、通常の2倍近い糖度13度という驚きの数値を記録し、まるで柿のように甘くエグみのないすっきりとしながらも濃く深い味わいで、生でも美味しいと評判になりました。

武ちゃん農場さまの元気に太く育った人参

さらにトウモロコシでは、それまでもキャッチコピーとして「メロンより甘いトウモロコシ」を掲げて、出荷対象を「糖度16度以上」としていました。八百結び農法を導入して現在は平均22度前後を実現し、2025年には最高27.2度という数値が出るほどになりました。茹でるよりも、生で食べる方がおいしいと言われるくらいの味です。はじけて飛び出る果汁をぜひ体験していただきたいです。この味わいは糖度の数値だけでは表しきれません。

今では、武ちゃん農場さまを起点に近隣農家さまへの農法の導入が進み、地域での取り組みが広がりつつあります。

それから、宮崎県のSAZANKA FARMさまは、もともとサツマイモを専門に取扱っており、契約農家13軒が所属するサザンカ営農組合とともに、「さつまいも・オブ・ザ・イヤー 紅はるか部門」で日本一を獲得した実績を持ちます。しかし土壌の疲弊と基腐病に悩まされていました。そこで八百結び農法を導入。基腐病の克服に成功しただけでなく、半年経っても腐敗が見られないサツマイモを実現しました。この成功を機に、サツマイモ以外の作物にも挑戦し、試験栽培を始めています。SAZANKA FARMさまも私たちとともに八百結び農法を広げる活動を進めてくださっています。

八百結び農法を導入して、イキイキと生育するサツマイモの葉
サツマイモの出来具合を確認するSAZANKA FARMの農家さま

八百結び農法は、一農家単位では限界があります。エリア全体で取り組むことで、資材製造の効率化や産地ブランドの確立につながり、地域課題の解決にも直結します。具体的には、地域の産業廃棄物の資源化、農産物のブランド化、そして環境改善。加えて、より多くの八百結びの作物が市場に出回ることで、人々の健康面でも大きな効果をもたらします。

健康土壌というブランドで地域を、地球を変える

八百結び農法で育った大根。栄養を蓄え、この大きさでもしっかりと美味。

──実際の農地で成果が出ていると、今後の広がりにも期待が高まりますね。

私たちが目指しているのは、地域ぐるみの取り組みです。農家さん一軒一軒に導入していくとなると限界がありますので、賛同してくださる団体とエリア単位でパートナーシップを組み、一緒に広げていきたいと考えています。

これまでは、ブランド野菜といえば、「○○県産」や「有機栽培」といった看板に頼るケースが多く、どうしてもあいまいな部分が残っていました。ですが、八百結び農法で育てた野菜は、残留農薬が検出されないことや、栄養価・糖度といった数値の裏付けがあります。

本来、土壌には多量の二酸化炭素が抱え込まれていました。しかし、現在は、土壌劣化によって、農地から二酸化炭素が放出されてしまっているのです。環境再生型農法である八百結び農法は、土壌環境を回復することで、再び二酸化炭素が貯留されるという、生活環境へのプラス効果も伴っています。

つまり、単に「○○産野菜」というブランド野菜を新たに作ることではなく、八百結びの健康な土壌から育まれた作物として、新しい価値と指標をもったブランド野菜になり得ると考えています。

枝がしなるほどたわわに実ったりんご。摘果なしでも味わいよく育つ。

ただ、こうした変革は私たち一社では実現できません。農家や消費者はもちろん、活性土壌の原料を供給してくださる方々、自治体や流通・小売の方々など、さまざまな立場の方々と一緒に取り組むことが欠かせません。

最後に、消費者の方々が重要です。消費者のリテラシーが高まらないことには選ばれません。消費者の方々の意識・正しい理解が実は重要です。

とはいえ、消費者全員にそこまで期待することはできませんので、消費者が知らずとも、当たり前のように健康的な野菜が売り場に並び、選べる環境を整えることが大切だと考えます。そうして、子どもたちが自然と栄養価の高い健康な野菜を食べられる社会をつくることが望ましいと思います。

成長期のスイカ。葉や茎の様子からも元気に育っていることがわかる。
ツヤのある実をつけたトマト

「八百結び」という言葉には、農家さんだけでなく、その足元の土壌にいる数多の微生物が有機物から栄養素を生み出してくれており、それが作物を通じて人の食・身体につながっているという循環に気づいてほしいという願いを込めています。こうしたつながりを想像してもらいながら、この想いを広げ、健全な食と環境を未来に結んでいきたいと考えています。

八百結び農法の畑の農作業風景
数多の微生物が栄養素を生み出す八百結びの産土
INTERVIEW

金瀬 伸吾

金瀬 伸吾

Shingo Kanase

壌結合同会社 代表社員。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、旅行会社JTBで法人セールスを担当。その後JCBに転職し、約10年間にわたり国内外でブランドマーケティングに従事。子どもの誕生を機に食品の安全性や環境問題に関心を深め、2022年10月に壌結合同会社を創業。同社の「八百結び農法」で育てられた作物は、濃厚な味わいが評判となる他、農林水産省が推進する環境負荷低減の取組の「見える化」、温室効果ガス削減・生物多様性保全で、3つ星取得。厚生労働省の基準に基づく「マタニティフード認定」を取得し、メイン資材の一つである培養水は有機JAS資材リストに登録されている。

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